画像は、昨年度のポスターです。今年度のものはただいま制作中です。

以下、雑人冬4番(平成29年12月発行)より抜粋。文/石川多美子

石作神社の由来は?

上古の時代、この辺りがまだ山田郡だった頃、第12代景行天皇の両親神である第11代垂すい仁にん天皇の皇后である比羽州比売命(または日葉酢媛命)(*)に石棺を作り献上した「石作連」という豪族郡司が西暦834年に創建。現在の早稲田交差点付近にあった巨大な自然石に「建麻利根命」という神が降臨鎮座したことから、それを祀ったとされています。

(*)「古事記」「日本書紀」によると、伊勢神宮の初代斎宮である倭姫命(やまとひめのみこと)は垂仁天皇の第4皇女。比羽州比売命はその母。

商売繁盛、五穀豊穣の両方がかないます

氏神様は地域の守り神で、何をお願いしてもいいとのことですが、石作神社には、何か特別なご利益はあるのでしょうか。「じつは、ここ石作神社の境内にある末社には、大変貴重な市の有形民俗文化財、檜造りの 『木造恵比寿天・大黒天 二像』が祀られているんです。恵比寿様といえば商売の神様、一方、大黒様は農業の神様。商売繁盛と五穀豊穣の両方が一度にかなうわけです。お札もこの二体が並んでいます。そして、なにより知っていただきたいのは、実際にご神体を目の前で拝んでいただける日があるということです。通常、神社というものは山や滝など自然そのものを祀るところで、御開帳といってもお寺のような秘仏が見られることはありません。でも、ここ石作神社は大変まれな、ご神体をこの目で見られる神社なんです。毎年1月4日の夕方から5日まで公開しますので、ぜひ貴重な文化財である恵比寿様と大黒様を間近でご覧いただきたいです」と熱く語るのは、石作神社協力会(平成29年当時)の吉田 勲さん。じつは、この二体の公開は吉田さんと氏子総代のみなさんの尽力がなければ実現しなかったものなのです。

由緒ある神社の、新しい歴史
「長久手やざこえびす」への思い

檜造りの『木造恵比寿天・大黒天 二像』は制作寄贈者は不明ですが、天保の時代(西暦1800年頃)より農業・商業活動が盛んで活気のあったこの地域の守り神として愛されてきました。それが明治初期に諸事情により秘蔵され、近年まで人目に触れることがないまま眠っていたのです。

それでは文化財としても、神様としてももったいない!ということで、氏子総代就任をきっかけに社の建立や公開を呼びかけたのが吉田さんです。現在は石作神社協力会という立場で、現職の氏子総代さんたちにアドバイスをしたり、1月4日から5日にかけて行われる「長久手やざこえびすの『初えびす』」の準備・祭事を手伝ったりと大忙し。「ここにしかないえびす、来てよかったと思ってもらえるよう私たちも頑張っています」と氏子総代さんたちも気合たっぷりに話してくれました。