長久手という地名が歴史に登場するのは、西暦750年「正倉院文書」の「尾張国山田郡石作郷」。続いて9世紀成立の古窯跡からの出土物に「大草」の文字が見られる。どちらも現代に続く岩作、大草にほかならない。

以降14世紀成立の三河国如意寺の「親鸞絵伝」や16世紀の「信雄分限張」に「尾州弥作久」「長くての郷」が散見される。その後は1584年以降の「小牧・長久手の戦い」の合戦関連文書にその名が見られる。ちなみに、天下分け目のこの戦いに「長久手」と名前がついたのは、この地に「長久手」という名前があったからときく。